やましたさんちの玉手箱
ジャックの記事
連載
01 60歳代で仕事がなくなるあなたへ
02 いつだって 監督の目を意識しろ
03 誰にだって、過去はある
04 家に帰り着く前の酒は なぜこんなに旨いのか
05 五度目の就職 ブルーカラーだ
06 私は清掃員か 清掃夫か はたまた清掃師?
07 言葉で教える、難しさ 例えばさあ
08 重力でゲロをコラエル 清掃こそが運動だ
09-1 いっけねえ ぶっ壊しちゃった その一
09-2 いっけねえ ぶっ壊しちゃった その二
10 大 しながら流す 小 座ってする あなたどっち派?
11 今時はやらないけど ウンコには紙だ
12 転職 清掃のプロに一歩踏み出す
13 ヒワイ ゲロ ウンコ 話の合う おばんたち
14 皆さん、床に落とした物は拾いましょう
15 口笛ふいてバキューム掛け 掃除に音楽は欠かせない
16 タバコとガムの捨て方 ゲロの吐き方 お教えします
17 でも しか じゃ掃除はできないぜよ
18 あとがき
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からだにいい「清掃人」入門体験風

06 私は清掃員か 清掃夫か はたまた清掃師?

第六章
グループは清掃員から清掃師まで
多士済々

 私の最初の仕事はあるオフィスビルであったから、当日「清掃員控え室」で着替えをするように言われた。マンションの場合は控え室はたいてい常勤の女性たちの控え室になっているから、私たちは立入禁止、「その辺」で着替える。

 同僚のOさんは杉並区のマンションの仕事で、住人から“自転車置き場でズボンを脱いでいる人がいる”と管理人に通報されて、班長から怒鳴られたことがあった。

 制服は淡いブルーの上下。こうした制服の貸与はM Lサイズが中心で、ズボンのサイズは若干幅がある。私はMサイズ、ズボンは当時ウエスト79センチだったが82しかない、ということでウエスト周りに余りがあるが、これで我慢することに。実は私はほとんど制服というものを着たことがないので、少し心が躍っていた。

 小中学校は区立で、現在のような標準服もない時代。中学の卒業写真を見ても皆ばらばらで、最前列の男で《たかんば(朴歯の寸高の下駄)》と呼んでいたものを履いている者が居たくらいである。唯一、都立高校での3年間が制服時代、大学も自由だったし、出版社時代も、ほとんどスーツを着たことがなかった。

 清掃員控え室で制服に着替えて“あ、オレは今、清掃員になった”と実感した。この仕事に対する『員』と言うイメージだが、同じように呼ばれるのは、『教員』『事務員』『駅員』『○○議員』などさまざまあると思ったが、ここで気がついたのはこれらはいずれも、あまり体を動かす仕事にはない。清掃員はちょっと違うという思いもあった。

 ちょうどこの頃、月刊誌に経済学者・竹内靖雄氏が「職業選択の経済学」というコラムで、職業の名前からするランクについて書いているのを目にした。抜粋してみる。

【ところで、今は職業に貴賤はないということになっている。しかし実際には世間の評価というものがあって、大人ならそのことをよく知っている。まずは職業の名前を見るとよい。たとえば、「家」、「士」、「者」、「官」のつく名前の職業がある。(作家、公認会計士、学者、裁判官、等々。「師」のつくものがある(医師、教師、看護士、詐欺師等々)。「屋」、「夫」、「婦」、「男」、「女」のつくものがあるる(殺し屋、線路工夫、娼婦、下男、下女等々)。動詞の連用形を名詞化したものがある(スリ、高利貸し、皿洗い、ふんどしかつぎ等々)。カタカナ語の職業にも、-erがつくもの、-istのつくもの等々がある。最近はパティシエ、ソムリエ、コンシェルジュといったフランス語のものまで出てきた。
 こうした職業名を洗いざらい列挙し、分類して仔細に眺めれば、世間でつけているランクの上下はおよそ見当がつくはずである。】

 こうして当てはめてみると……今のわたしの姿からだと清掃員は出来すぎか、かといって動詞連用形の名詞化「床洗い」では、ちとかわいそうで、「清掃夫」だとちょっとゴツすぎるが、岩波辞典だと「夫」は「一般に労働に携わる人」とあるから、いちばん差し障りがない。
 員には数の意味があるから、同じブルーの制服を着た私たちは、いわばその他大勢。「清掃師」なんていういい方はないが、グループリーダーの主任なんかは、辞典の意味どおり。その日の洗剤の選び方、天候によるワックスの乾き具合など、条件によってスタッフに出す指示を見ていると、紺のズボンに揃いのブルゾンでも着せたくなる。

「家」はどうか。「一職業に通じた人」とあるが、実はメンバーの中に定年退職をしながらパート待遇で仕事を続けている者がいる。彼がいないと支障を来す物件がある。通常私たちは共用部分しか作業をしないが、マンション清掃の中に、各家のキッチン周りのステンレス製品の清掃と、換気扇の清掃をすることがある。
 床や壁の養生(汚れや傷からの保護のためのカバー)、洗剤、スポンジやブラシの選択、部品の取り外しなど、彼でないと出来ないものがある。また、オフィスの管理人の中には、彼のワックスがけでないと満足しないという人もいるのだ。
 彼にはハンチングでも被らせたい。

 カタカナ語ではどうか、英語だと「クリーナー」か「クレンザー」になってしまって、何か部品のようでちょっとかわいそう。「クリーニスト」なんて造語はどうだろうか。
 こんな人には、ベージュのワークシャツにモスグリーンのズボン、グリーンのベストにベージュのキャップ、真っ白なスニーカーに、水洗い作業にはヘリー・ハンセンのデッキシューズなんかどうだろうか。 
 周りを見回したが、ウッチーもトリさんも、Oさんもまあ、似合わねえなあ。
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