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からだにいい「清掃人」入門体験風
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02 いつだって 監督の目を意識しろ
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第二章
掃除人だって見た目が勝負
走って去り、走って現われる
我が家が10数年前に改築をしたときに、大工さんや内装の人たちの仕事に接していた家内は“仕事が始まったと思ったら10時のお茶だし、お昼のお茶が終わったと思ったらもう3時のお茶”と愚痴をこぼしていたことがあったが、この仕事に入って休憩時間の必要性がよく分かった。今ではほとんどの仕事場の近くに自動販売機があって、家人がお茶を運ぶことなどなくなっているのだが。
しかし、最近の作業員の休憩時間は見た目、だらしないなあ。ジベタリアンして、缶コーヒー並べて、空いた缶にタバコの灰を落として、もちろん周りにもこぼして、おまけに通行人を眺めたりする。このチームは〝親方〟がやかましくて、人の目のあるところでは休憩するな、と言われている。
私たちは9時に作業を始めて、10時半頃に休憩を取ることになっている。班長の判断にまかせているが、休憩に降りてこないチームがあると主任が携帯で様子を聞く。“とにかく止めて降りてこい”と指示を出すことになるのだが、この時間帯にミスをすることが少なくないからである。
たばこをのむ人間は、1時間半ぐらいが禁煙の限界、ということもあるのだろうが、同じ作業を続けていると、作業が単調であることと、慣れと疲れが同調してつまらぬ失敗をすることもある。
私が大学を出て就職したのは婦人雑誌の出版社であった。配属された月刊のファッション雑誌は編集長とデスク以外は全て女性であった。編集長からはよく“女性の会議は1時間半から2時間が限界だよ、それ以上やっても案は出てこないし、愚痴と悪口の言い合いになるからね”といわれたのを思い出した。女性編集者と清掃作業員とたばこのみと、2時間限界説、あとどんな共通があるのかはわからないが。
ワールドカップ・ドイツ大会でのオーストラリア戦、最後の8分間の3失点を解説者たちは“集中力が切れた”とか“足が止まった”と言って批判していたが、一定の試合時間で得点を競うサッカーやラグビーも80分と90分の緊張が求められている。
『最後の数分間』というのは掃除にだってある。
同じ作業現場で、休憩前に一人で50キロ近くもあるポリッシャーを、次の作業開始のフロアに降ろしておこうと、階段を下りかけて腰を痛めたスタッフがいる。遠回りだがエレベーターで下ろせばいいものを、休憩時間に間に合わせようと無理をしたからだ。私はエクスパンション(建物の継ぎ目の廊下に張られている金属のプレート)にまかれている洗剤を落としわすれて、長靴が滑ってもろに尻餅をついたことが1、2度ではない。ポリッシャーが廊下に並べられている居住者のディズニーキャラクターをはじき飛ばすというのも、こんな時間帯に多い。
休憩時間は15分、全員が車の周りに集まってくる。作業用具を積んだバンのうち1台が喫煙車、もう1台が禁煙車で私はここで暖をとる。
このマンションは駐車場の端に荷物車がUターンするためのスペースがある、ここに車を止めるがエンジン音が居住者に届きにくいので、例外的に車のヒーターが入れられる。ほとんどの作業所では、車の周囲の陽の当たるところで休憩することになる。上層階の寒風から逃げてくるので、陽に当たっているだけで暖かい。
ちなみに今日の出で立ち、通常スタッフは会社支給のブルーの長袖シャツにパンツ、その上にグレーのジャンパーを着ているが、今日は更にその上からドカジャンと呼んでいる紺色の膝丈までの防寒コート。長靴に軍手の上からナイロンの手袋を重ねている。スタッフは事務所から作業所まで車で来るので仕事着のままで移動してくる。私も原則的にはこのスタイルで仕事をするのだが、パートの人間は現場直行・直帰なのでちょっと早い通勤時間帯とはいえ、作業着で電車に乗るほどには私は腹が据わっていない(作業着で通勤する者ももちろんいる)
いつも一式を大きな布製のショルダーバッグ(下北沢の鞄店で見つけたお気に入りの色モスグリーンに茶のベルト)に入れて持ち歩く。
今日はとにかく寒いので、新聞の通販で見つけた黒の上下の防寒服(¥10500)をセーターとズボンの上から重ね着で出勤。長靴も通販で仕入れた、内側にウレタンを張った防寒物。パートに許されるおしゃれである。新聞の通販は、一般的には嗜好風変わりな物が多いが、特殊な目的にはぴったりのものも多い。寒さ対策はばっちりだ。手先は東急ハンズで見つけたオレンジ色の厚手のゴム手袋の下に園芸用の布の手袋を重ねている。
さて作業再開。私が水洗いに使っているのは50メートルある耐圧ホース。ホース自体も重いが、水が入ればなお重い。後方にとぐろを巻かせておくとバキュームのじゃまになるので、ホースの束はなるべく自分の作業位置の近くにおくように気を遣う。
このマンションは13階建て、高層マンションは台形になっているから、作業が進むに従って廊下は長くなっていく。当初はホースは延ばせば突き当たりまで届くが、各階ごとにホースの蛇口を付け替えていては時間がかかるのと、通路がエレベーターホールに直結せずに、上下1階分を階段で上り下りするテラス式の部屋があるので、まず13階からつないだホースで12、11階と下げつぎは8階から9、10階と上げ、7、6と下げていく。
11階へ行くには長さが足りなくなるので、ジョイントを付けて、ホースをもう1本増やす。このホースを抱えて2フロア分の階段を上下する。ホースの先端を持っていくと必ず階段の角に引っかかるので、2フロア分の長さを予想して、あまり余分な長さ、重さを負担しなして済むように横着をするのだが、たいがいウッチーのところまで2~3メートル足りないことになる。“ジャックさんたいていこの長さ足りませんね”と笑われる。とぐろを巻いたところまで戻って5~6メートル分を引っ張り出してくることになる。
こうした移動のとき、私はなるべく重い長靴を引きずってでも〝走るように〟することにしている。走った方が寒くならないということもあるが、実は学生時代の友人の話を思い出して実行しているのだ。
卒業して2、3年たったクラス会の折り、映画会社の演劇部に就職し、演出助手をしていたTの話。演出助手といっても、舞台の袖(客席から見えない上手・下手)に居て、客席中央で指示を出す演出家の一声で、舞台を横切って作業をすることがよくあるのだそうだが、彼は袖にいるときはともかく、演出家の目の届くところに出たときは〝とにかく走るんだ〟と言っていた。〝あいつはいつも動いている〟と見られたい。
で、私はウッチーの目の前から消えるときは〝走って消える〟延ばしたホースを抱えて、〝走って現れる〟。やはり私は他のパート仲間より元気で、仕事が速い、と思われたい、まあ、そんなデリケートな目で見てくれるようなスタッフとも思えないが、印象は大切だ。 |
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