やましたさんちの玉手箱
ジャックの記事
連載
01 ナースが喰らっている 毎日のお菓子
02 医局 その神聖なる居室での メシ時のユルさ加減
03 ジャックの掃除はピッカピカ まず道具より入れ
04 ゴミ箱が物語る 患者さんの「生格」
05 探し物は何ですか 見つけにくいものですか
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ゴミ(清掃員)から見た病院の日常 入院前にお読みください

04 ゴミ箱が物語る 患者さんの「生格」

 さあ、仕事です。朝一番の仕事は、患者さんのベッド周りにあるゴミ集め。少しでもきれいな状態で朝食時間を迎えられるように、配膳車が来る前に済ませるようにします。

野菜スティックのごときゴミ箱
 まずは失敗談から。仕事を始めて間もない40代の男性清掃員。病院の売店には玩具のようではありますが、少し離れたところにあるものを、ベッドから掴み取る60センチほどの長さのものがあります。手元の握りをつかむと先の部分が親指と人差し指で物を掴めるようになっています。実は、以前にも同じような失敗があったのですが、患者さんの多くは、これを立てかけて置くところがなく、ゴミ箱に立てかけている場合が多いのです。
 で、彼は、ゴミ箱にあったこれを、ゴミとして、彼としては当然のこととして、回収。患者さんは眠っていたようですが。あいにく、月曜日、ゴミ回収の業者の時間がはやくて、朝のゴミはすでに走り去った後。目覚めた患者が騒ぎ出す、看護師が騒ぎ出す、清掃員が呼び出される、“ゴミ箱にあったので捨てました”と、しゃあしゃあと答える。
 患者、いつもゴミ箱に立てかけあるのが分からないか、とかんかんに怒る。まあ、ジョーシキで考えれば、捨てない、ゴミ箱を変えてから、同じようにしておくのが正解。こういったものは患者さんから“捨ててください”と言われるまではそのまま。
 所長が出てきて、平謝り、患者さん“ジョーシキがない”としばらく機嫌が直らなかったらしい。もちろん、売店で買ってお届けの、お粗末。
 ゴミ箱には、このほか、ステッキ、スリッパ、ティッシュの函などがスナックの野菜スティックのごとく刺さっている場合がある。捨ててはいけないゴミ箱のゴミを見逃すな。


元気だからこそ読める新聞、雑誌
 ゴミ箱でもう一つ気を付けなければいけないのが、新聞と雑誌です。見分け方は、ゴミ箱にスティック状に刺さっているものはゴミ。ゴミ箱の上に置いてあるのは使用中。
 患者さんのベッドには、オーバーテーブルといって、ベッドをまたいで前後に移動できるものがあります。当然食事の時は手前に引き寄せ、終われば足許の方へ移動させておきます。雑誌や新聞はこのテーブルの上に置かれているのが普通なのですが、食事の時は一時的にベッドのすく脇にあるゴミ箱の上に移動させて、そのままになってる場合が多いのです。だから、これは捨ててはいけません。
 ごみ回収や清掃で部屋に入った時に“捨ててください”といわれない限りはそのままにしておきますが、テーブルやゴミ箱に新聞がたまっているときは“新聞片付けますか”と声をかけて、ゴミがたまらないように気配りするのも、私たちの役割。特に男性は、ちょっとのことでも声をかけるのが嫌な人も多く、溜まった新聞も雑誌も、いつまでもそのままにしておく人も多いのです。

 病院のゴミとして出てくる雑誌で目立つのは『クロスワード』の専門誌。暇つぶしと少し頭の体操をするのに格好のようです。中には発売されたばかりの雑誌のクロスワードの記事だけ読んだ形跡(鉛筆の書き込みがあります)のまま、捨てられるものもあります。ゴミの集積所に集められた雑誌ではなく、個人が出したゴミは私が持ち帰って、休憩の読書にするばあいも、だから、結構多いのです。
 新聞といえば、読んだ形跡が無く、そのまま日を重ねている場合もあります。新聞、雑誌は勿論売店で扱っていますが、近くの販売店から、各病室に新聞を毎朝販売にくる販売員がいます。病室を回っているのは一紙だけ。他のものが読みたいときは売店まで出向かなければなりませんが、看護助手に頼んでいる人もあり、また毎日販売員を待っているのも面倒だ、と入院の日程によって、毎日病室に置いていくように依頼している人もいます。
 実は、こうした人が、体調が思わしくなくなってくると、新聞にも手が出なくなるようです。つくづく、新聞や雑誌を読むにも体力がいるもんだと思わされます。前述のように、たまった新聞を片付けようと声をかけると“このところ体調悪くて新聞読む気もなくて、情けないよ”などと愚痴をこぼされることもあります。
 私は活字中毒気味で、いつも何らかの書籍を持ち歩いていて、数分の車内でもすぐに本を広げるくらいですが、4~5日仕事が続いたり、忙しい日があったりすると、さすがに帰りの電車では本を取り出す元気のない日もありますので、こうした患者さんの気持ちはよく判ります。


同じゴミでもきれい、汚いあるんです
 さて、ゴミ回収に話が戻ります。
 私たちは原則として、同じ病棟に同じ清掃員を配置しています。中には同じ人を配置すると、「手を抜く」、ということで、始終人を入れ替える清掃会社もあると聞きますが、それは責任者の資質の問題、と思います。やはり、仕事場に責任を持たせること、そして短い間の人もも長期入院の人も、出来る限りのコミュニケーションをとるためにも、私の仕事場では同じフロアを担当させるのが原則になっています。
 病棟は勿論専門科に分かれていますから、ゴミの酒類も多さもフロアによってかなり違う場合があります。例えば、整形外科のある病棟では、スポーツ外来で入院している若い患者が多く、食事制限も無く、病院食では足らずに売店や見舞いの差し入れのものなどのゴミが大量に出ます。ごみ回収でいちばん大変なのは、この病棟になります。

 私は内科系の病棟を担当していましたので、食事制限のある人、ない人でゴミの種類もいろいろでした。ゴミ回収で思い出されるのは実にきれいに使う人がいたこと。男性患者でしたが、ゴミ箱にはビニール袋をかけて置くのですが、このかけられた袋の中に、さらにコンビ二や売店で持ち帰った袋を更にかけて、この中に自分が出したゴミを入れておく人でした。当然、この袋を交換するだけで、誠に手のかからない患者さんでした。家でもそうなんだろうけれど、かえって奥さんからきれい好きを嫌がられていないかと、つまらぬ心配をしたものです。
 逆に、いつも回収にうんざりさせられる人もあります。私たちがいちばん困るのが実は飲み残しです。ペットボトルは蓋がありますので、たいていは残っていてもこぼす心配はありませんが、缶飲料には要注意です。中が見えないので残しが分かりません。原則残っていると思って処理しないと、自分にかかるのはともかく、患者さんのベッド周りを汚しかねません。
 この、飲み残しをそのままゴミ箱に放り込む患者が少なくないのです。これもまた、家では始終奥さんから嫌がられているんじゃないかと、いらぬ心配です。従ってこの人のゴミ箱はいつも、「液体」でゴミ全体が濡れています。「濡れているゴミ」ほど気色のよくないものはありません。ましてや、何の液体かが分かりません。ゴミは、集めた後簡単に分別するのですが、こうしたゴミ袋には手が出せません。新聞まで突っ込んであって濡れています、新聞などは別により分けることになっていますが、この場合は袋ごと廃棄です。


 いらぬ心配といえば、こんなことがあります
 ある日を堺に、急にゴミの量が少なくなる患者さんです。ゴミはある種、生活の証ともいえるものです。私たちの間ではよく冗談で、ゴミの多さに辟易しながら“ゴミも出なくなったらおしまい、ゴミがあるから元気なんだぜ”なんて言うのですが、そうした意味では生活感が無くなってしまうのです。元に戻る人ももちろん居てほっとするのですが、数日の内に個室に移されて、亡くなってしまう方もいます。たかがゴミ、たかがゴミ集めというなかれ、ドクターよりも敏感に患者の容態を感じている清掃員もいるのです。


花はどこに行ったの
 昔から、見舞いのお花にはタブーがある、といいます。例えば、ハラハラと花が散るようなものは好まれません。また、根がつくものは、「寝就く」と解釈されて、鉢植えは控えるように言われます。
 もちろん花屋さんはわきまえていますから、テーブルに乗せられるような、コンパクトなもので、倒れる心配のない背の低いものが届けられます。
 時々、この見舞いの花が、そのままゴミとして出てくる時があります。もちろん、かなり枯れが目立ったものなのですが、中には亡くなった方の病室から、まだ新しいものが出されたりします。そして、案外多いのが、退院間近の患者さんからのものがあります。よく、芸能人などが病院から退院する時に花束をもらったりすることをニュースで見ることがありますが、こうした一般の病室ではあまりそうした派手な退院はありません。
 頂いた見舞いのお花を退院時に持ち帰る方はほとんどいなくて、ゴミとして出されます。私たちのスタッフの中には花が好きなおばさんが居て、私が育てていた。当時珍しかった「木立ちベコニア」の苗を差し上げたことがあったくらいでした。花がゴミで出た時は、このおばさんが担当しているフロアに集めることになっていて、彼女はある程度日が経ったものでも、いくつかより分けて持ち帰っていました。
 見舞いの花も、こうした家で余生を過ごす方が、幸せ、ともいえますね。


お宝もあれば、ヤバイのも
 五月中旬のある日。特別病棟で仕事をしている同僚のA 野が、私のフロアへ飛んで来た。ちょっとちょっと、手招きして、男子トイレの個室に連れ込まれた。“なんで、個室に男二人で入んなきゃならねんだ”と言ったのだが“とにかく、これ見てよ”と見せられたのが、ピンクのB 6判ほどの用紙。『外出許可書』の下に書き入れる部分があり、『外出先 両国国技館』そして、氏名 ○○ ○○。私も、A 野も相撲大好きで、咄嗟に現役役力士の○○○のことだと、すぐに分かりました。“えっ 入院してるの、休場って今朝の新聞には出てなかったぞ”と私。“昨日までは入っていなかった、今朝入ったんじゃないかな”とA野。
 場所も後半、この日のニュースのどこにも、翌日朝のニュースにもどこにも、この力士の入院の様子は報道されません。場所入りも見に行くほどに好きなA野が、何時頃なら、場所入りで、ここを出て行くから、と、掃除道具抱えて「張り込み」。10分ほどで、現われました。臙脂の着物姿、付け人従えて、階段で降りていきます。
 お相撲さんて、着物が似合うのはもちろんですが、普通では見られない、プルーの着物、黄色の着物がよく似合う人種ですね。この、鮮やかな臙脂色の着物、実に美しかった。人に見られたくないのでエレベーター使わなかったのか、でも、階段ということは、脚、腰じゃないよな、としばし解釈に時間。
 この『外出許可書』病院長名で出されているもので、フツーの人が、正月を家で迎えたいとか、一時的に外出許可をもらう時に使うものだと思うのですが、このとき、特別室の清掃に入ったA 野が執念で、いやそんなことない、何気なく拾い上げたゴミ箱から、お宝を発見した次第。簡単に、クシャッと丸めたものでしたが、彼にとってはお宝。どこにも出せないけれど。この日ではなかったが、横綱を破って金星、いや、役力士なので金星とはいわないけれど、ニュースを賑わせたほどの勝負もあった場所でした。

 これも、ゴミ箱に無造作に捨てられたために、好奇心ジャックによって発見された、これはヤバイお宝。
 それから、一ヶ月ほど経った暑い日。ナースセンターの脇にある個室仕様の二人部屋、奥の窓辺の掃除をしていたときのこと、やにわに入り口が騒がしいと思ったら、看護師が7~8名でストレッチャーで患者を運び入れてきた。出るに出られず、しばらく見ていたのですが、男性患者、全身刺青(重症患者は服類をほぼ脱がされています)、見た目100キロ超、180センチ超、丸刈り、全身あさ黒、立派なその筋のひと。
 ベッドに収まるのを待って廊下に。ほどなくしてまた、大騒ぎ。患者、大吐血、ベッド周り、床、カーテンに血。病院での血液は、このあと救命センターで仕事することになった私は、日常的に始末に追われることになりましたが、一般病棟では珍しいこと。また、外傷ではなく、吐血物ということで、大半は看護師が始末、後始末として、専用洗剤で床掃除をしたのですが、もう看護師は引き上げた後なので、チラチラと患者さん観察。顔はかわいらしい。

 4~5日して一般病棟に。病院食も食べられるようになって、私のゴミ回収が始まりました。この人、人懐こい顔してて、言葉遣いも看護士にはやさしい。いつか看護師が“痛いところはありませんか”と言ったら“俺が痛いのはハートだけだよ”なんて軽口たたいていました。全く、こんなセリフでコロリという女もいるのだろうと、掃除中の耳ダンボ。
 さて本題、かれのゴミ箱からは毎日のようにビンが残されるようになりました。ビンが入っていると、重さで分かるので他のゴミと一緒にならない内に、分別します。これ「梅ごのみ」という、ごはん用のおかず。ほぼ、毎日でます、よほど好きなんですね。もちろん売店で売っています。

 ある日、いつものように、分別用にビンを除けたらなにやら、ちぎったメモが。フツーの清掃員ならそのまま、捨ててしまうのですが、好奇心ジャックのこと、その場で何気なくみて、これはA 野に鑑定してもらわなくては、と、このゴミ袋は別に。
 休憩時間を待ちかねてA 野のフロアへ。今度も道具を抱えたまま、空いている個室へ。ちぎったメモをなんとなく繋げてみたら、なんとこれ、白タクの収支メモ。黒字と赤字で書き分けたもの。日時、数字だけのメモでしたが、明らかに舎弟が見舞い時に持参した模様。
 以来、2~3日毎にちぎった白タクメモ。まあ、外出許可書ほどに仕舞っておくものでもないので、その都度捨ててしまったのはもちろんでしたが、いやいや、ゴミ箱に興味を持っているバカな清掃員もいるのです。ユメユメ、ゴミ箱に捨てるものには細心の注意をするよう、ご注意申し上げる次第です。
 因みに「梅ごのみ」は、ねり梅に鰹節、昆布、しそが入ったもの。売店で260円、ごはんのお供にどうぞ、桃屋謹製。


次回は病室の清掃、様々な落し物の話からいたします。
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