薄紅の一重咲きの名は『天津乙女』みたい
日本画風の薄紅と濃い赤の椿の絵は、昨年の冬の花として『冬厳しけれど春は遠からじ』で紹介している。
銀箔の地に、薄紅と赤の二輪が際立っていたが、今回の絵はそれを更に色紙に写したもので、地は青のぼかしに塗ってある。
この前の水彩画の小品『寒さ厳しい中で膨らむ椿の蕾』は、どうもこの2輪の椿のピンクの方の蕾らしいのだ。
3月始め、買い物途中に通りがかったお宅の家の脇で見つけた椿が、花色と言い、葉のきざみと言い、顎の風情と言い、そっくりなことに気づいたのだ。
「見いっつけた」感がいっぱいで、嬉しくなってしまった。
日本画風の椿の稿でも同じような花の写真が載っているが、少し若い木かもしれない。
日本画では、かなり2輪の色合いを強調して描いているが、色紙でも赤い椿は濃いピンクにし、もう一方は白にしている。
「水彩は見たままそのまま写し」「日本画は強調してその差を楽しみ」「色紙では別の雰囲気で軽さを出す」という趣向だろうか。
なにしろ昔のことで、どのように花を手に入れたかも判然としないのだから、想像で語るしかないのが悔しい。
ただ、2輪の椿が同じ種類でない事は、花の形と色合い、葉の生えかたの違い、葉の色と形でもはっきりと分かる。
ネットでたくさんの椿の写真を見て、花と葉の形と一致したのは「天津乙女・アマツオトメ」と言う花だった。
ユフィくらいの年齢だと、天津乙女と言う名はとても記憶がある。
宝塚の舞の天才で、高齢まで活躍した名女優の名前だ。
百人一首に載る、『天津風 海の通ひ路吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ』は僧正遍照の歌。
昔の宝塚では、芸名を決める時には、短歌からとるというゆかしい決まりごとがあったようだ。
「天津風」とは、空高く天を吹く風のこと。
「雲の通い路」は、雲の中にある、天上と地上を結んでいる通路のことで、天女が通る道。
「吹き閉ぢよ」は、言葉通りに閉ざしてしまえと言う意味。
「をとめ」は天女のことで、『五節の舞』を舞う少女たちのことを「天女」と見立てているのだそうな。
正月の歌らしいから、季節は冬、昔の暦でも早春の頃。
なるほど「天津乙女」は『天女』のことで、宝塚の大女優もその名に相応しく少女の時から老いるまで、夢の世界に留まっていたことになる。
近年は「トップスター」になってしばにくすると退団し、舞台や映画・テレビの世界に進出して、大活躍している。
昔は「天津乙女」や「春日野八千代」のように、後輩に教えながら留まるスターがいたのだ。
この一輪の椿の花は、「天女の姿」を現しているようだ。
八重咲きには無いシンプルで清らかな姿形、ほんのり薄い紅がかかった色合い、少しだけ上向きに咲くのも奥ゆかしい感じ。
ネットサーフィンで、個々人のブログで「見つけた蕾の姿」は、間違いなくユフィの描いた形と色が同じ(下の小さな蕾)。
「見いつけた」と、更に心が躍った一瞬だった。
そして他の写真の作業中に、もう1つの「見いつけた」があったのだ。
「日本画風の椿」の赤い花、8年前の我が家の椿の写真が、真紅の筒咲きで上向きに収まっていたのだ。
ついに椿の出所が解明された訳だ。
ピンクの花は「アマツオトメ」で、多分花泥棒の一枝。
赤い花は我が家の鉢植えの椿と言うことで、一件落着。
ただし、この赤い筒咲きの椿は、赤い椿の種類が多すぎて名前が特定できない、と言うおまけ付になる。
一番似ているのは「高尾」、園芸品種で人気が高いのは「 出雲大社赤藪」と言う種類で形は良く似ている。
まあ、でも全く分からなかった花が見つかって、名前まで特定 できたことはユフィにとっては嬉しい結果。
探してみるもんだね。
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